日本の食生活から、世界の「食」の問題を考える。
「世界食料デー」月間2017 10/1-31

フードバンク セカンドハーベスト沖縄
奥平智子さん

vol.16インタビュー

日本で一番南にあるフードバンク、セカンドハーベスト沖縄をたった一人で立ち上げた奥平さん。そのときの苦労や活動を通して感じたこと、「世界食料デー」月間の取り組みなどを伺いました。

一人の主婦が始めたフードバンク

きっかけは、2007年に放送されたテレビ番組だったそうです。「家で何となくテレビを観ていたときに特集されていた食品廃棄の問題に衝撃を受けました。同時に、その無駄を活かし、福祉施設団体へ食品を届けるフードバンクの存在を知り、その仕組みに感動して、『これは絶対、世の中の人に知らせなきゃ!』『自分も参加したい』と思いました」。

その後、すぐにセカンドハーベスト・ジャパン(東京にある日本最大のフードバンク団体)に連絡した奥平さん。当時はフードバンクを手伝いたいという感覚でしたが、沖縄ではまだフードバンクは行われていなかったため、どのように活動に参加したらいいのか模索する日々が始まりました。「まず、沖縄で食品が廃棄されている実情を知るために、食品企業にアンケート調査を行いました。しかし、食品廃棄についての情報を公開することはマイナスのイメージになりかねないと、協力してもらえる企業は多くはありませんでした。また、食品の受け手となる福祉施設へフードバンクのシステムを紹介しても、無料で食品を受け取れることを信用してもらえず、断られるケースが多かったです」。

たくさんの人の行動やつながりとともに

そこで、奥平さんはフードバンクについて知ってもらおうと、チラシを作成しました。「フリーマーケットを運営している団体にチラシの配布が可能かどうか連絡しましたが、何件も断られました。その後、やっと一件、了承していただくことができたので、毎週チラシを配りました。そのうちにフリーマーケットを主催していた人たちが『ここで食べ物を募ってみたら』と提案してくれたことで、フリーマーケット会場が食品の寄付を受け付ける最初の場所になりました」。

その後、徐々に企業からの寄付も受ける様になり、配布先の福祉施設団体も増えていったそうです。メディアからも注目され、様々な機関からの問い合わせが増えました。「最近では、個人や学生が自分たちで食品を集めて持って来てくれることもあります。行政も窓口となって、生活に困る人たちへ食品を提供するのを協力してくれます。このように、たくさんの人の行動が原動力になっていく。まさに『食のゆいまーる(沖縄の言葉で、“相互補助”という意味)』の活動ではないでしょうか」。

「世界食料デー」月間には、毎年、チラシを置けるか公共の窓口に依頼したり、バナーをホームページに貼ったりするなど、広報活動を行っているという奥平さん。今年も、フードバンク活動を通して出会ったたくさんの人たちと「世界食料デー」月間を一緒に盛り上げてくれるはずです。

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