vol.03インタビュー
世界中から食べ物が届く日本。私たちは豊かな食生活を送っているようですが、朝食を抜いたり、一人で食事をとることが当たり前だったりと、最近では子どもたちや若い世代の食生活の乱れも指摘されています。そんな中、東京・武蔵野市の境南小学校で36年間に渡って、給食を通して食の大切さを子どもたちに伝えてきた栄養士の海老原洋子さんにお話を伺いました。
食べられない人がいるって、本当?
「えっ! 世界には食べられない人がいるなんてウソだよ!!」。課外活動で、子どもたちに世界の飢餓の状況を伝えた海老原さんは、こんな声を耳にしたといいます。日本の小学生の子どもたちにとって、食べ物があることがあたりまえ。お肉が好きで野菜は食べたくない……そんな風に、食べたくないものは食べずに暮らせる環境にいる子どもがほとんどです。「説明しても、飢餓に苦しむ人がいることを半信半疑に思った子どももいました。口頭ではなく、テレビのドキュメンタリー映像を使って状況を伝えると、やっと信じたようで、本当に驚いていました」。そう話す海老原さんは、2009年3月に定年退職を迎えるまで36年もの間、東京・武蔵野市の境南小学校で、“作った人の顔が見える学校給食づくりを”実践し、子どもたちに食の大切さを伝えてきました。
安心・安全の給食
海老原さんが学校栄養職員として勤務しはじめた1970年代は、食品添加物、魚の水銀汚染など、お母さんたちの間で食への不安が高まっていたころ。生産者の顔が見えるようにと、生協での産直活動に励むお母さんも多くいたそうです。そこで、学校給食でも出どころのわかる安心・安全の食材を使うよう徹底したいと、海老原さんは学校、家庭、地域と連携しながらよりよい食材の調達を行ってきました。有機・国産の原料の調味料を使うほか、野菜は有機農法でつくられた旬のものを生産者と直接契約で仕入れています。お肉も生産者から仕入れ、豚は、養豚者の協力を得て、頭からしっぽ、内臓まで1頭買いしているそうです。「よい食材を使うことで、本当においしい給食ができます。1人あたり月3800~4100円という給食費の中でやりくりするのは大変ですが、その分、地域の方や生産者の方たちがお手伝いしてくれます。境南小の子どもたちに食べてほしいと、ときどき野菜をプレゼントしてくださる農家さんもいるんですよ」。
給食のごはん、うちでもつくって!
当の子どもたちにとっても、境南小の給食は特別です。家でも給食と同じメニューを食べたいとお母さんたちにせがむ子どもも多く、お母さんから作り方への問い合わせが寄せられ、海老原さんはレシピをお便りで配るようになりました。ところが、レシピ通りにつくっても子どもから味が違うといわれるというお母さんたちからの要望で、定期的にお料理教室が行われることに。こうして、地域のお母さんたちとのつながりも育まれてきたそうです。給食で使う野菜は無農薬のため皮ごと食べられますが、機械で皮をむいたり、カットされた野菜を使ったりできない分、加工に時間がかかります。そういった下ごしらえには、地域のお母さんたちがボランティアとして参加し、手伝ってくれるまでになりました。 また海老原さんは週に数回、学年やクラスを越えて食事をともにする『団らん給食』、地域のお年寄りなどと一緒に食事をとる『ふれあい給食』などの試みも実施。核家族化が進み一人で食事をとる子どもが増えている中、さまざまな人とともに食事をとる楽しさを知ってもらいたいとはじめたことです。孫と一緒に給食を食べたことがきっかけとなって、15年間も学校の食堂に季節のお花を活け続けてくれたおばあちゃんもいたそう。こうして、地域ぐるみで子どもたちの給食をつくりあげてきました。
○○さんのおいしい野菜
海老原さんは、食材がどこから来たのか「給食だより」でお知らせしたり「生産者の紹介」などの掲示物をつくったりと、子どもたちの食材への関心が高まるような工夫を凝らしています。こうすることで、「○○さんの野菜は、いつもおいしい!」などと、子どもたちが自然に給食の食材をつくっている人たちの存在を意識するようになりました。また課外活動として、食材を訪ねるバスツアーや農業体験も実施。草取り、落ち葉掃きから肥料作りまでを体験し、土の栄養がどう野菜になっていくのか子どもたちに体で覚えてもらい、苦労して育てたものを給食で食べます。そんな経験を積み重ねていくと、卒業するころには、食べ物の大切さ、食べ残しをしない習慣が自然に身についていくといいます。
子ども時代の体験が、原点に
卒業生の中には、農家を目指したり、栄養士になった子どももいます。忘れられない学校給食の思い出。それが、大人になっても影響を与えているのです。実は海老原さんにとっても、子どものころの体験が36年もの奮闘の原点でした。「私は小さいころ体が弱く、黄疸が出ることもしばしば。そうすると、おばあちゃんがさっとミカンの皮を煎じて飲ませてくれたり、大根をいっぱい使った汁物をつくってくれたり。症状に合わせて食材を選びおいしい料理を作ってくれました。その医食同源の体験が、知らず知らずの間に身についているのかもしれません。いまの子どもたちにも、ファーストフードや化学調味料漬けの食事ではなく、食材本来の味と栄養を体に取り入れる食事を知ってほしいのです」。 今日食べるものが、自分の心と体を育むこと。食べ物を育む土、水、太陽、そして育ててくれた農家さんのおかげで、食事がとれること、生きていけること。そんなことが子どものころから実感できれば、日々の食事を大切にし、世界の人に負担をかけない食事にも思いをはせられるかもしれません。小学校の給食という、日本に暮らす誰もが子どものころに食べるお昼ごはん。そんな食の現場で、海老原さんのように奮闘する栄養士さんや先生は増えています。こうした人たちと一緒に、子を持つ親として、食にかかわる生産者として、もしくは学校の地域住民として、私たち一人ひとりにできることがありそうです。
プロフィール
東京都武蔵野市の嘱託職員。1972年より学校栄養職員として36年間、武蔵野市立境南小学校の給食に関わる。1つの小学校で定年まで勤務することは全国でも異例。お母さんたちの署名運動により実現。豚の一頭買いなどに取り組み、地産地消の学校給食づくりの先駆者。現在は嘱託職員として、武蔵野市内の学校給食のアドバイスを行っている。